Home  日々の活動  相模原事件から10年… 優生思想を許さず、地域から「インクルーシブ社会」をともにつくろう

相模原事件から10年… 優生思想を許さず、地域から「インクルーシブ社会」をともにつくろう

「津久井やまゆり園」での凄惨な事件から、今年で10年が経ちました。去る7月22日、主催4団体(DPI日本会議、全国自立生活センター協議会、ピープルファーストジャパン、DPI女性障害者ネットワーク)が共同し、「津久井やまゆり園の犠牲者を追悼し、インクルーシブ社会を目指す会」を参議院議員会館で開催しました。さらに、「優生思想をなくそう!」「地域で暮らそう!」「インクルーシブ教育を進めよう!」と、力強くアピールしながら、東京駅まで行進しました。
 当日は酷暑にも関わらず全国各地から300名の仲間が集い、被害に遭われた方々への追悼の想いを馳せるとともに、優生思想を許さず、脱施設・インクルーシブ教育の取組みへの決意を新たにしました。 (文責:尾上 浩二)

■希望から絶望へ、そして10年目の危機感

 この事件の報道に、最初に接した時の「身もだえする恐怖」を今も忘れることはできません。幼少期の施設生活で、就寝時にベッドに体を縛り付けられていた自身の記憶と重なり、被害に遭われた方々の恐怖が人ごととは思えなかったのです。
 2016年は障害者差別解消法が施行され、「やっとここまで来た」と祝福パレードが各地で開催されました。しかしわずか3カ月後に事件が起き、「いくら頑張っても社会なんて変わりっこないんだ」とつきつけられ、障害者運動を全否定されたような気持ちに襲われました。
 あらためて捉え直すと、社会にはびこる優生思想の土壌や、障害のある人を分け隔ててきた国の施策は根本のところでは変わっていなかったのです。
 事件から10年を経た今、この事件に関する「風化」と「矮小化」への危機感はより増すばかりです。社会は依然としてこの事件を「特異な人物による猟奇的事件」と片付けようとし、犠牲者がどんな人生を歩み、どんな思いで生きていたのかという「声」は置き去りにされたままです。

■優生思想を育む「分離社会・分離教育」

 事件直後の取り調べで、犯人は「障害者は不幸しかつくらない。社会からいなくなればいい」と言いました。その歪んだ障害者観は、社会的な背景を伴ったものです。「不良な子孫の出生防止」を掲げた優生保護法に象徴される、いのちに優劣をつける優生思想を広く容認してきた日本社会の土壌から生じたものです。2024年に最高裁は「優生保護法を制定当時から違憲」と断罪しましたが、その土壌は今も根強く残っています。
 その根本には、子どもの頃から障害の有無で分ける「分離教育」があります。社会の大半が分離教育で育ち、対等に出会う機会を奪われているため、勝手なイメージだけで障害者を捉えてしまうのです。「分離と排除は地続き」です。

■「脱施設」と「インクルーシブ教育」という本丸へ

 同時に、なぜいまだに多くの仲間が入所施設や精神科病院に取り残されているのか。この現実を変え切れなかった運動のあり方を、私たちは痛烈に受け止めなければなりません。
 国連・障害者権利委員会の勧告通り、「脱施設」と「インクルーシブ教育」への大転換こそ運動の「本丸」です。
 インクルーシブな社会は、上から目線の「思いやり(パターナリズム)」でできるものではありません。どんなに重い障害があっても、当たり前に地域で暮らせる状況をつくること。事件で大怪我を負わされた尾野一矢さんが、事件後、施設を出て地域で暮らしている様子が集会でも報告されました。
 重度訪問介護等も活用し、地域で生き抜く「実例」を泥臭くつくり、示し続けることこそが、優生思想への最も強力な対抗手段です。
 今後も全国の仲間と手を携え、ちゅうぶとしても、この地域から当たり前に共に生きる日常をつくりだすことで、集会アピールを現実へと変えていきたいと思います。


「相模原障害者殺傷事件から10年」集会アピール

 2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者入所施設「津久井やまゆり園」で、19名の尊いいのちが奪われ、27名が深く傷つけられるという凄惨な事件から、まもなく10年を迎える。私たちは本日ここに集い、犠牲となられた方々に心からの哀悼の意を捧げるとともに、傷つけられた方々に深く心を寄せる。

 事件を起こした元職員は、「障害者は不幸をつくりだす存在であり、社会からいなくなればいい」と主張した。この言葉は、私たち障害者の存在を根底から否定し排除する「優生思想」そのものであり、強い恐怖を突きつけた。しかし事件から10年が経った現在、社会はこの事件を「特異な人物による特異な事件」として矮小化し忘れ去(さ)ろうとしている。亡くなった19人の方々がどんな人生を歩み、どんな思いで生きていたのかという「声」は置き去(さ)りにされたままである。私たちは、この風化に大きな危機感を抱かざるを得ない。

 私たちは、事件を生み出した社会のあり方に真正面から向き合わなければならない。なぜ、160人もの人たちが地域で必要な支援を受けられず、施設での集団生活を余儀なくされていたのか。その背景には、戦後の歴史の中でつくられてきた「分離社会」と、社会からの排除への無自覚さが根底にある。
 同時に、これまでの障害者運動において地域移行を訴え続けてきたものの、未だに多くの人が入所施設や精神科病院などに取り残されている現状に対し、私たちの運動自体が十分に取り組めてこなかったことを課題として受け止めなければならない。

 今後、どんなに重い障害があっても地域で共に生き抜いていく想いを私たち一人ひとりが持ち、行動していく。 施設や病院でなく、また家族介護を前提とせず当たり前に地域で暮らせる社会=「脱施設」への転換に向け,全力を挙げて取り組んでいく。
 さらに、差別意識が生まれる土壌を根本から変える必要がある。現在の社会の大半の人が、子どもの頃から障害の有無で分ける「分離教育」で育っている。分離教育からの転換無しにはインクルーシブな社会は実現できない。障害によって分け隔てられることなく、多様な子どもたちが地域の通常学級で共に学び育つ、「インクルーシブ教育」の実現が不可欠である。

 2022年、国連の障害者権利条約に関する総括所見において、日本社会に広がる優生思想や能力主義が事件を招いたとして、包括的な検証が求められた。同時に、「脱施設」と「インクルーシブ教育」の実現が緊急の課題であると強く勧告されている。私たちはこの勧告を重く受け止め、まさに事件を受けて取り組むべき「本丸」である脱施設とインクルーシブ教育の推進に向けて、協働を進め力を合わせていくことを決意する。

 私たちが目指す社会は、障害を理由に分け隔てられることなく、どんな人も等しくかけがえのない存在として認められ、共に生きる社会である。いのちの価値に優劣はない。2024年に優生保護法を憲法違反とする最高裁判決が下された。しかし、戦後から長きにわたり、優生保護法によって、国は強制不妊手術など人生にわたる多大な被害を生み出し、優生思想を社会に根づかせた。私たちは、国による重大な人権侵害であった優生保護法を厳しく批判し、優生思想を蔓延させてきた歴史の深い反省に立ち、社会構造の根本的な大転換を求める。

 犠牲者を追悼し、優生思想を絶対に許さず、脱施設とインクルーシブ教育を推進し、すべての人が希望と尊厳をもって暮らせるインクルーシブ社会を実現するため、私たちはこれからも声を上げ、行動し続けることをここに宣言する。

2026年7月22日 相模原障害者殺傷事件から10年
津久井やまゆり園の犠牲者を追悼し、インクルーシブ社会を目指す会  参加者一同


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